


鎖国時代にオランダから伝わった、貴重な木の実、アーモンド。
その魅力を存分に味わえる、バラエティ豊かなアーモンドづくしの詰め合わせセットです。



ヨーロッパの最西端、ポルトガルの岬にある記念碑に彫り込まれた、有名な詩の一説です。大海原を越え、日本まで旅した大航海時代のヨーロッパの人々の壮大なロマンが伝わってきます。幾多の嵐をもろともせず、日本で唯一開かれた長崎へもたらされた品々は江戸まで献上されました。献上品の中には、あめんどうと呼ばれたアーモンドや貴重な砂糖などの南蛮文化特有の食材も含まれました。貴重な砂糖がもたらした文化の道=長崎街道を通り、江戸まで異国の風を運んだ浪漫に想いを馳せ、遥か海を越え、南蛮文化をもたらした旅人に感謝します。
南蛮浪漫は、当時貴重だったアーモンドを吟味し、存分に味わえるバラエティ豊かなお菓子の詰合せです。先人の浪漫を感じながら、ひとつ、ひとつ、ご堪能くださいませ。













南蛮浪漫 小
3870円

南蛮浪漫 大
6720円
■組み合わせは自由にお選びいただけます

南蛮とは、本来、黒潮にのって南方、現在の東南アジアからやってくる人々のことを指していたのですが、16世紀半ばから同じく南からきたヨーロッパ人のことも指すようになりました。
ポルトガル人と時を同じくして、イギリス・スペイン・イタリアなどからも貿易と布教を目的としてやってきましたが、国策として鎖国の体制をとった日本がポルトガルからオランダとの外交に代わり、長崎・出島を通じて西欧風文化の伝来をもたらしました。その中でも、“砂糖”の存在は大きいと言えます。
記録では1638年東インド会社が日本にもたらした砂糖は53t強にものぼっており、貿易品として砂糖が重要な位置を占めるようになったのは言うまでもありません。
長崎での砂糖の陸揚げの際にこぼれ出る砂糖で自由に売買ができ、その数が増えたため禁止されたところをみると、わざとこぼしたりしていたようです。そのくらい、おいしい利益に人が集まっていた、という事が伺えます。
また長崎に陸揚げされた砂糖のうち、長崎奉行や町年寄たちへの贈り物として、オランダ船で持ってきた量の約4分の1があてられたと言います。こうした砂糖が長崎街道を出回ったのでしょう。各大名家から季節ごとに10回くらいの献上品がでていますが、1718年以降、九州のかなりの藩から氷砂糖が献上されていたそうです。砂糖漬けや蜜漬けも九州各藩からかなりの量、献上されていたところをみると手元にかなりの砂糖があったからこそ、出来たことでしょう。砂糖の献上は長崎街道沿いの藩に偏っていました。九州はやはり長崎に近い土地柄、他に比べて手に入りやすかったと考えると長崎街道をシュガーロードと呼ぶのは納得です。