


そばボーロや栗ようかん、金平糖…。懐かしも新しい、
和のお菓子の詰合せです。
あのころ、あの人と過ごしたふるさとの思い出がよみがえります。

















■セット組み合わせ例(二段):
組み合わせは自由にお選びいただけます。





本店の詰合せ“ふるさと散策”の中の“いつかあう”はその名の通り、創業の地から名づけられました。
その昔、神功皇后がこの地に立ち寄り、「何日可逢」と詠んだ歌から、「いつか」が飯塚の由来になったとも伝えられています。小豆のこし餡でつくった黄身しぐれは、口に含むとほろほろと溶けていきます。中に栗が丸ごと1つはいっています。
飛梅伝説・・・。道真公を慕って一夜にして大宰府に飛んできたという梅の花。
毎年、天満宮に真っ先に春を告げる、その馥郁とした香りをお菓子にしたのが梅花宴(ばいかえん)。
黄身餡の中にシロップに漬けた芳醇な梅の実がはいっています。大きな種に見えるのは甘く炊いたとら豆です。
中国は元より日本でも古くから数々の伝説を持つ桃は、おめでたい果物として邪気を払うと信じられてきました。小さな桃の子を白餡でやさしく包み込んだ“もも幸(さち)”は、いく年も幸多かれと願いを込めた蓬莱菓子でもあるのです。



昔懐かしいこんぺいとうの語源は、ポルトガル語のコンフェイトスです。
こんぺいとうが、日本で初めて登場したのは永禄12年(1569)、宣教師フロイスが織田信長に謁見したときの献上品のひとつとして。それはフラスコ(硝子瓶)にはいっており当時は当然、こんぺいとうも硝子も日本にはない珍しいもの、それ以降、日本人が喜ぶ献上品として毎年のように運ばれた、といいます。
日本でこんぺいとうが作られるようになったのは、元禄元年(1688)の頃。
毎年、天満宮に真っ先に春を告げる、その馥郁とした香りをお菓子にしたのが梅花宴(ばいかえん)。
井原西鶴の「日本永代蔵」には、長崎の町人が角(つの)のあるこんぺいとうをつくって成金になったという話があるそうです。しかも、それは2年がかりで女性が作り出したと言われています。江戸時代、徳川幕府にこんぺいとうを献上するときは36本の角がなければならぬ、という決まりがあったそうですが、どうやって数えたのか?見てみたいものですね。
さて、こんぺいとうのふるさと、ポルトガルでは、コインブラでは五色豆風、リスボン市内のキャンデー風、ブラガの角のあるもの、と様々なカタチをしています。共通として角はあってもなくても、日本のように透け感のない白濁したものがコンフェイトス。少し、意外です。
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